偉人「那須与一」

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偉人「那須与一」

栃木県に由来する有名人と言えば、那須与一が有名です。

 

知らない人の為に少し説明すると、那須与一は、現在の栃木県那須郡那珂川町で生まれた、平安時代末期の武将です。

 

平家物語の屋島の合戦に「扇の的」という話があります、海上で、船を浮かべた平家が、扇の的を掲げて源氏を挑発します。

 

「お前達に、この扇の的を射れる勇者はいるか?」という意味です。

 

これを首尾良く射落とせば、源氏の士気は上がりますが、失敗すれば、合戦前に意気消沈です。

 

大将の義経は、この挑戦を受けて、最初は、那須十郎という武士に的を射るように命令します。

 

しかし、那須十郎は合戦の傷が癒えない事を理由に辞退し、代わりに、弟の与一を推挙します。

 

因みに与一とは十一男という意味です、十に一を与えるで与一になります。

 

与一は、「えっ?」と思いましたが断る事は出来ません、渋々、馬を海上に入れ、波で上下する船の上の的に狙いを絞ります。

 

「南無八幡大菩薩、願わくば、我に扇の的を射させたまえ、縮尻れば、この場で弓を折り腹を切らねばなりませぬ」

 

与一の願いは、天に届き、矢は扇の的を射落として、与一は天下一の弓の名手の称号を得る事になります。

 

同時に平家は意気消沈して、戦に敗れて、最期の壇ノ浦へと落ちてゆくのです。

 

しかし、与一の軍功は、平家物語や、源平盛衰記にしか見る事が出来ず、実在の人物かどうかは、まだハッキリしていないそうです。

 

栃木県で出会う人に「那須与一」について尋ねてみてください。
栃木県民であれば、ほとんどの人が彼の功績について答えられるはずです。


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